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八大必看

すだれレンガ

Posted on 2014/05/12|

ハヤシ百貨店の外壁に使用されたすだれレンガは1920年代頃の建物でよく使われた材料である。台湾の主要なすだれレンガ産地は北投にあり、日本ではスクラッチタイルとも呼ばれる。すだれレンガの表面にはひっかいたような平行の溝が刻まれていて、溝の数が13本の製品が最も多いため、「十三溝タイル」という別名もよく耳にする。そのほかには、溝の数が7本、9本、または20本以上のものまであり、ハヤシ百貨店の外壁のような不規則な溝を持つものもある。

 

屋上にある神社

Posted on 2014/05/12|

1932年ハヤシ百貨店開業当時、屋上にはまだ神社が設置されていなかった。屋上に鎮座する神社は「末広社」と称し、産業の主護神として信仰されていた、開業してから半年を過ぎた頃に神社が完成され、1933年5月12日に竣工の「披露宴」を開き、当時は一般公開されないエリアであった。台湾の商業建物に現存する唯一の屋上神社である。

 

第二次世界大戦の跡

Posted on 2014/05/12|

太平洋戦争の時に台湾は米軍の空襲を受けた。1945年3月1日、連合国軍による台南史上最も激しい空爆が始まった。本町(現在民權路)及び末広町(現在中正路)などといった市街地を一連の大規模な爆撃にさらされ、ハヤシ百貨店の屋上や一部の床は壊滅的な被害を受け、付近にある台南州庁などの官公庁舎は更にひどい損害を受けた。ハヤシ百貨店のファサード(既に修復された)及び屋上には、被弾の痕跡や機銃掃射の弾痕が多数残されている。

 

屋上エレベーターシャフト

Posted on 2014/05/12|

6階にあるエレベーター塔屋は建物から突き出し、外観は展望台のような八角形になっていて、アーチ橋で屋上の神社とつながっている。元々エレベーターのシャフト及び機械室として機能しており、ここからエレベーターシャフト内部の様子及び動作の仕組みを覗けるようになっている。1930年代当時この場所から運河や安平方面の海を眺めることができる。

 

カラフルな床材

Posted on 2014/05/12|

ハヤシ百貨店店内色付きの床材は2種類に分けられる。一つはハードタイプで表面は光沢を持つテラゾ床、もう一つはソフトタイプで弾力性のある床である。外見は両方ともグレーとオレンジの二色が交互に並べて市松模様になっている。テラゾ床は従来の技術で製造され、耐候性、耐火性に優れ、弾性に富み素材には木くずや合成樹脂の成分が含まれていた。当時としては最先端の床材を導入したことは建築構造の歴史上で非常に大きな意味を持っている。

 

Posted on 2014/05/12|

ハヤシ百貨店の道路側の壁に配した大きい窓からは台南の街が一望できる。コーナー部には円形の窓を設け空間のメリハリをつけた構成となる。ハヤシ百貨店は当時台南エリアでも最も高い建築物のひとつだった。五階はレストランとして運営し、運河や安平方面の海に面する西側には大きな八角窓を設け、海に沈む夕陽を眺めることができ、1930年代の多くの文化人に愛された旬のスポットとなった。台湾の著名文学者・葉石濤の作品のなかにもこのようなシーンが描写されていた。

 

エレベーターのインジケーター

Posted on 2014/05/12|

ハヤシ百貨店で最も話題になったのはエレベーター(台湾では流籠(リュウロン)とも呼ぶ)である。当時としてはハヤシ百貨店は南台湾で最も早く近代的なエレベーター施設を導入した建物の一つであり、制服姿のエレベーターガールが乗務し操作を行っていた。当時の台南の人たちにとって、「ハヤシ百貨店に行ってエレベーターに乗る」ことは目新しく、お洒落な余暇の楽しみ方として定着した。元々エレベーターの定員は12名で、リニューアルの際に既存のガイドレール構造を保存するためにかごの大きさを6人乗りのサイズに縮小した。かごの側壁を透明素材で構成し、外が見えるシースルーとなっている。各階のエレベーターシャフトの周りには円形の窓を設けられている。

 

手動式シャッター

Posted on 2014/05/12|

手動式シャッターの導入は当時としてはかなり先進的な「盗難防止装置」の一つであった。ハヤシ百貨店の「手動式シャッター」は鉄鋳物で作られたハンドルで巻き上げ、手動操作で動かさなければならない。現在店内の三ヶ所に保存されていて、一階ロビーの裏側にシャッターの一部部品を見ることができる。